1999 08 28 『鉄の馬』

とある交差点で信号待ちを強いられ、停車したとたんに、エンスト...。 「ま、こういう事もあるわなぁ」と思い、キック。 「あれ?かからんなぁ。ま、チョークを引いて、それっ」で、エンジンスタート。 しばらく走り、また停車すると、エンスト。 これの繰し...............。 どうもおかしい。一旦走り出すと、快調なのに、アイドリングが出来ない状態の様 なのだ。つまり、キャブレターの、スロー調整が狂っている様なのだ。 数カ月ガレージで放ったらかされていたので、すねてしまったのか? とすると、夕べ、ガスケツとおもっていた症状もこれだったのか? そうに違いない。いくら車体をゆすってガソリンをキャブに送り込むとはいったっ て、そう何回も効果があるとも思えないのに、結構尺取虫状態で走れたのもおかし いし、そういえば停車するとエンジンが止まっていたし。今日ガソリンを補給した ときも、思ったほど入らなかった、つまり、タンクには結構ガスが残っていたよう だったし。 なるほど。これは、キャブのスロー調整が狂ってしまったのだ。 と思い、バイク『鉄の馬』を橋の下の日陰へ止めて、工具を出して調整をし始めた。 
しかし、ミクスチャー、スロー調整などを繰り返すが やはりチョークを引いていない状態ではアイドリングが出来ず、エンストしてしま う。 これは、もう、素人の手の及ぶ所ではないと、直観した。 私は、鉄の馬を、バイクの名医のいる店へつれていく決心をし、進路をその店へと とった。無論極力、信号待ちの無いルートを選択した。 
私がその達人のいる店へ着いた時、店には見知らぬ若い修理工が二人いた。 私が、「スロー調整ができない。アイドリングが出来ない」と症状を告げると、早 速、キャブレターの調整に入ってくれた。 が、一向にらちがあかない。 とそのとき、達人が店の奥から現れた。どこかへ出かける様子である。若い修理工 に「なんなの?」と聞いて、「スロー調整です」という返事に、「あ、そう」と言 い、出かけようとしたそのとき、修理工がキックをしてエンジンを掛け、何回目か の調整をしようとしたとき、達人は振り向いたのだ。 私の『鉄の馬』のそばにやってきて、「こいつ、どんな具合なの?」と聞いてきた のである。 数カ月乗ってなかった事。液体は全て補給してあること。他はとくに問題無いが、 ただ、アイドリングが維持できない事。通り一辺の調整は自分でもやってみた事。 最初、コックをリザーバにしていて起こったので、タンクの底に溜った水かも知れ ないと思って、一応水抜きはした事。などを告げた。 というよりは、問題を切り分けるために、達人が繰り出す質問に私が答えたという のが正しいのだけれど。 達人は、もう一度エンジンを掛け、そうして、エンストさせた。 そうして、達人は若い二人の修理工に、こう言った。 「キャブを降ろすぞ」 達人は、若い二人の修理工に指示をしながら自分でもどんどん私の『鉄の馬』の 手術を進めて行く。 親である私の了解などは取っていないが、その獲物を追いかけるような眼差しに は、圧倒され、驚き、信頼感すら瞬間に築かれ、圧倒される様な迫力に、「全て を任せてみよう」という気分になった。 達人はどんどん手術を進めて行く。素人目には、こんなにばらしたら元に戻せな いのではないかと思うレベルまでばらして行く。 しかし、全く迷いは無いようにみえる。 やがて、達人は、とても小さな部品を取り出した。それは、ちょうど、長さ数セ ンチの鉛筆の芯ほどの真鍮色の部品で、達人はそれを持って奥へ入ってしまった。 そして、奥から若い修理工を呼んだ。 実は私がこのショップを信頼しているのには訳が有る。もちろんこの達人が居る から....なのだが、これまで達人の実力、いやその片鱗すら推し量ることは無か ったのである。というか、幸いに、達人で無くてはならぬというトラブルに見舞 われたことが幸い無かったとも言えるのかも知れない。 ただ、今回の場合はかなり難しいトラブルだったようである。 結論から言うと、スロー、すなわちアイドリングだけが異常だったわけである。 達人は、出かけようとした時、修理工の報告を聞き、修理工が単なるスロー調整 のずれによるエンストと思っていると認識した。しかし、達人は、エンストする 寸前のエンジン音を背中で聞いたとき、これは、単なる調整では回復しない不具 合が私の『鉄の馬』に発生していると直観、いや、確信したのである。 『鉄の馬』の飼い主である私にいろいろ問診をし、さらに確信を深め、いきなり 根治手術に入ったのである。 
さながら「ブラックジャック」にもにた手裁きで確信の患部を摘出し、さらにそ れをリペアーし、縫合閉鎖、いや、元にもどしたのだ。 そして、さも当然のように、キックしエンジンを掛け、さらに今度はスロー調整 をし始めた。 曰く「この左側の螺は、さわらないでくれたほうがいいんだよねぇ。ちょっと、 濃いくなってるんだよねぇスローのミクスチャが。最近のバイクだと、この螺 は素人が触れないようになってるんだよね」 どうも、達人は、スロー(アイドリング)のエンジン音を聞くだけで、空燃比が わかる様なのだ。いや、わかると断言していたのだ。 (だから、背中でエンストする私の『鉄の馬』のエンジン音を聞いて、アイドリ ングする為の燃料の通路がキャブレターの内部で詰まっていると即座に判断し たのだそうである。ちなみに彼は、バイクレースのレーサーでもあったし、メ カニックでもあったのだ) そして、私の
『鉄の馬』は見事復活したのである。 あまりの手際の良さと完璧な仕上がりに、私は今度は技術料が心配になった。 もと、プロのバイクレーシングメカニックが自ら陣頭指揮をとって修理してくれ たのである。 「近頃はすっかり老眼でねぇ。細かいニードルの穴なんかは、若いもんでないと みえんのよね。はは。」と言っていた達人の要求した修理費は、2000円であっ た。ぴったり2000円であり、消費税などなく、とにかく、2000円ぴったり。 あんまり感激したので、タイヤの空気を入れて貰うのを忘れてしまった位である。 
帰りのスタンドでタイヤのエアーアップをして、帰りました。はい。 
 
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